2005年03月24日

巌窟王 第二十三幕「エドモン・ダンテス」

 第二十三幕「エドモン・ダンテス」 巌窟王_23.mp3イワオクツオウですみませんな音声記事。

 私はかなり満足致しましたよ。だって伯爵が、エドモン・ダンテスの真意を感じる事が出来たから…… そりゃあ勘違いかも知れない。勝手に自分に取って都合の良い解釈をしただけかも知れない。それでも、エドモン・ダンテスという男は愛に満ちた男だったんだと。その愛があまりに純粋であった為に騙されてしまい、その反動を巌窟王に利用されていただけ……

 今回はOP無しで、映画のような始まり方をしてきましたね。で、フェルナン・モンデゴがいきなり伯爵を串刺しにしちゃうしでびっくりだ!! エデの辺りは時間が少し前後して描かれましたが。あれを見ると本当の伯爵はあの部屋から出ていなかった? あの部屋と水だけみたいな会話を以前にベルッチオとしていましたが、串刺し後に姿が消えて鎧を身にまとい出てくるあたりを見ると実体の在る鏡像か分身みたいなものだったのでしょうか?

 一度フランツ伯爵の悲しい戦いを見た後の決闘は、男と男の命とプライドを懸けた戦い…… ではありましたが、意地の張り合いでしたよね。最初からこうやって己の中の滾った思いをぶつけ合っていれば、こんな事にはならなかったのでしょうね。全ては遅すぎたのですが……

 戦いの最中に伯爵が苦しみ始めるのですが、この辺りから自分なりの解釈を書いてみます。

 以前にも書きましたが、伯爵の最終的な帰結点は復讐を終えた後に完全に己が消え巌窟王と化してしまう直前にその忌まわしい力を持った巌窟王を道連れに滅ぶ事だろうと予想していました。実はエドモン・ダンテスの中ではアルベールへの思い(友としての)が、巌窟王に対しては巧妙に隠していましたが大きくなっており。そう、あの戦いでフェルナンを殺してしまい、もうアルベール巌窟王の力が及ばない形で終わらせてしまおうと言う思いがあったのではないでしょうか?

 伯爵の真の思いは、あの金の懐中時計。アルベールが叩き付け壊してしまった時計を大切そうに持っていた点に現れていた筈なんですよ。つまり伯爵は真の友情を信じていたのですよ、今でも。そして友を信じる気持ち、フェルナンを憎む気持ちは強くとも意識に上がってこない部分では未だに友を思う気持ちが消えていなかったと感じるのです。

 だがしかし、巌窟王が干渉してきたのですよ「友よ、ここで殺してしまっては完全な復讐を成し遂げる事は出来ない」「私の思いも遂げられない」と。だから巌窟王の部分が出てきた段階で苦しみ悶えて、逆にフェルナンからの攻撃をわざと受ける事になったのではないでしょうか? 己の肉体同士で向かい合った時も剣で刺されて見せましたよね? それでも起き上がってくる死なない伯爵を見て、フェルナンが訳が分らずに叫びました。鎧の攻撃による巨大な剣で貫いても、自らの手で確かな手応えをもった一撃で倒せない。そんな信じられないものを見せつけ、己の無力さと更なる絶望を巌窟王は望んでいたと解釈いたします。

 エデが議会で暴露した回を思い出して下さい。一見アルベールをパリから引き離しただけにも見えましたが。アルベールだけを送り返した後の伯爵の姿は僅かに逡巡があったように見えました。つまりかつて友であった男が真実を暴かれて落ちていく様を見たくなかった。少なくと出来るだけ遠くで聞きたかった。その過去の自分では考えれられない醜い所業から逃げ出したかった…… そんな印象を持った直後にあの高笑い。巌窟王が友と呼ぶエドモンに対してパリへ戻れと、復讐と言う崇高な行いの結果を己自身の体と心で味わえ、出来るだけ近くにあって…… そう望んだのがあの急なパリへの帰還であったのでは、と。

 その後の巌窟王と化した伯爵の口から出る言葉は殺しはしない、より深い絶望与える為に大切なもの全てを奪い去れ!! という事だったのでしょう。この辺りのフェルナンの態度の変わりように戸惑った方も多いやも知れませんね。でも、フェルナン・モンデゴという男はそんな男だったのですよ。本来は才能のある男であった筈ですが活かし方を知らず、簡単に他人の口車に乗ってしまい後には引けなくなった時から、勢いだけで生きていた男。弱いところを突かれると直ぐに激昂し(エドモンから手紙が届いた時。メルセデスがまだエドモンを思っているんじゃと感じた時。先週の妻と息子を撃ってしまう辺りとか色々)周囲から見れば暴挙としか言いようが無い行動を取る男なんですよ。

 自分自身の手で息子を一度撃っておきながら、自分はどうなっても良いと殺しても構わないとばかりにアルベールを殺さないでくれと懇願する姿も、またフェルナン・モンデゴなんですよね。この時点では伯爵の意識は巌窟王として意思が優先されていますので、最高の復讐をなすべく酔っているみたいだったのですけど…… バティスタン最高です! 自分でも分らなかったみたいですが、アルベールを助けたのではなく伯爵を助けたのですよね。で、巌窟王の饗が削がれたか、またはエドモンの意思が若干干渉したんじゃないかと思うのですが、あの場でアルベールを殺す事は容易だったのにそのまま去ろうとする訳です。

 巌窟王としてはまた新たな最高の復讐の策を練ってからと言う事だったのでしょうが、ついに自身の言葉で問い掛けたように、理解出来ない事をする者達に対する苛立ちや、自分こそがエドモン・ダンテスと言う友の心を唯一理解できている存在であると宣言し、エドモン巌窟王として名乗り…… 「外套を持て!」みたいな台詞は新たな幕を上げなおす為の準備に入る意味だったのでしょうかね?

 その直後、アルベールの愛で何とかなったような展開にご都合主義とか、臭すぎると感じちゃいましたか? 自分はエドモン・ダンテスこそが凄かったんだと思うんですよね。他の作品の影響を受けている身としては。ええ『グレネーダー』なんですけどね(^^;) 天子さまの教え。琉朱菜が旅で身につけたもの… なんてのが激しくツボった者としては非常に盛り上がって見てましたよ。ええ、同性愛とかじゃなくてですね、あのハグキスってのは、どこまでも相手を信じる気持ち… ああ上手い表現が見つからない!! アルベールも成長したんですよ。等という単純な言葉では表せないものを感じたんですけどね。うーん、もう一度見て再考しますよ。

 結果、この記事の最初の方に書いていた伯爵の最終帰結目標が大きく揺らいでしまった。このまま憎しみの存在。人々に多大な恐怖を与える絶対の存在である巌窟王の心を復讐の美酒に酔わせて、その隙を突いて道連れにする…… そんな強き意思が崩れてしまった瞬間。拒絶してきた人の温もりが、巌窟王の信じる‘友’の概念に勝ってしまったと。

 見る間に完全にエドモン・ダンテスに戻ってしまった。巌窟王との契約が切れてしまった瞬間だけを見ると拍子抜けするかも知れません。でもあの普通の感じこそが本来あるべき姿なんですから、拍子抜けして当然だと思います。エドモンは慌てて巌窟王との契約を取り戻そうとしますが、既に無理だったのです。エドモンの凄さは巌窟王が待ち望み選んだだけの存在であったこともそうですが「契約が成就した」巌窟王が宣言し、完全に身も心も巌窟王になった筈であり、これからはエドモンの復讐ではなく、巌窟王自身の世界に対する復讐が始まる筈だったのに、己を全て差し出してはいなかったことです。どうやって道連れにしようとしていたのかは色々考えねばならないのですが、少なくとも宿る体がなければならなかったようですので、そこが狙いであったのかも知れません。

 心臓にフランツの一撃の破片が残ったままだったのも、その肉体を滅ぼすトラップとして残していたのかもしれないですし……

 慌てて巌窟王を呼び戻すためにアルベールを殺すかのように言葉を紡いでも、誰も信じません。復讐の剣など持てる人ではなかったエドモン・ダンテスが完全に表に出てきてしまったのですから。しかしそれは伯爵の死を意味します。アルベールが言う何があってもあなたのように生きると。生き続けるというのは、エドモンの真実の姿が確かにあってこそ生きてくる言葉です。現に時が既にその時を逸してしまったと理解してからの伯爵の姿は、全てを達観したかのようでした。エデアルベールも生涯忘れない事でしょうよ、エドモン・ダンテスという、友を、愛した人を!!

 巌窟王の力が失われ崩壊が始まります。エドモンの凄さは、結局、復讐対象者であったフェルナンの心をも救ってしまった事にもあります。フェルナンの言葉や行動は、友に救って貰った事に気付いた姿でしょう。本当に馬鹿な男ですよ、フェルナン・モンデゴは!! でも彼は幸せな最後を遂げたのでしょうか? あのエドモンの友として死んでいった訳ですから……

 アリエロイーズエドワールの姿が意味するものは何でしょうか? 最初はアリの事を変な宇宙人だと奇異な目で見ていた筈のエドワールも母を献身的に看てくれていただろうアリとの関係が変わってしまったようですね。擬似家族? そこに何が在り、今後生まれてくるのかは想像の彼方ですねぇ。

 ちょっと考えを纏める前に書き出して、途中時間を空けてしまった為に本来一番力を入れて書くつもりだった伯爵の間際の言動が今ひとつになってしまいました。エドモンが本当に倒そう(殺そう)としていたのは、己の復讐心であったんじゃないかと。そしてそんな復讐心の塊である巌窟王を。その為には、本当にアルベールを殺す必要があったのかも知れません。ですが、無理な話だったんですよね、ほんと。

 次回のサブタイトルが「渚にて」なのですが、これを聞いて直ぐに頭に浮かんだ映画の事を考えると…… 何だか嫌な予感も致します。でも、今回の話を考えるに映画の影響があったと言えるかも? 世界の終末を描いた映画… と言うのは簡単ですが、その根底や背景にキリスト教的なモノが色濃く出ている点でも『巌窟王』はビジネス的にも世界へ向いて作られたのは間違いないでしょう。ちなみに感動する事と、その思想を是とする事は一致していません、私の場合は。『渚にて』も噂ほど感銘も受けなかったですし、映画はツマラナカッタトイッチャオウカナ……

 巌窟王公式  #巌窟王_23
posted by みやびあきら at 16:00| 東京 ☁| Comment(6) | TrackBack(0) | 放送終了アニメ感想〜2005春 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
にゃー!言われてみればそうですね!>バティスタンの行動原理。
エデもそうだし、伯爵ったらみんなに愛されてんなぁ。でもそれはおそらく伯爵がみんなに愛を与えたから、なのでしょうね。
Posted by ミオル at 2005年03月25日 00:35
やはり伯爵とアルベールは非常に似ているんだと思います。
愛され捲くっているところもそうですが、若者であるころの真っ直ぐなまでの正義感と、純粋な心を持っているところなどは……

もうこうなったら最終回はヤケクソでアルベールとユージェニーとエデの三人で「渚にて」ですよ!!

マクシミリアンと親友のルノー、そしてヴァランティーヌ。
ルノーもヴァレンティーヌの事を実は好きであった。彼女を助け出すときを始めとして大活躍したルノーがフェルナンにならなかったの?

アルベールを巡るフランツとユージェニーの思い。でもどうして……

他にも3人でって描かれ方が多いんですよね、このアニメ。
エデの家族も3人だし、復讐を受けるべき男達も3人。他にも組み合わせは色々ですよね。引き続き妄想中。
Posted by みやびあきら at 2005年03月25日 05:59
初めまして、上下と申します。いつもここの感想を拝見させて頂いてます。
今回の巌窟王ですが、良く分からなくて雰囲気だけで見ていたフシがあるので(汗、みやびさんの感想で諸所を脳内補完させて頂きました。とてもわかりやすかったです、ありがとうございます。
いきなりでしゃばって申し訳無いのですが、感想文途中、
>フランツの一撃の破片
とありますが、たしかフランツが伯爵に一撃を食らわせた時に用いたのは剣だったような気がします(剣で加えた傷も出血の要因になったとも考えられますが。伯爵の心臓に残っていた弾丸は、ダングラールが夜逃げ最中にあらわれた伯爵に向かって撃ったものではありませんでしたっけ?あの回の資料が無いので、私も詳しいことは憶えていないのですが・・・。私の勘違いでしたらすみません。引き続きご感想期待しています。
しかし巌窟王、最終回はどうやってしめる気なのでしょうか。監督の手腕に期待です。
Posted by 上下 at 2005年03月27日 00:32
>>上下さん、こめんと有難うございます。
毎回、纏まりの無い読みがたい文章ですみません。

ご指摘の点ですが、先ほど#23「エドモン・ダンテス」と#18「決闘」を見返しまして確認してみました。
伯爵を死に至らしめた心臓からの大出血ですが、銃弾ではなく剣の一部と思われる金属片
でしたので、やはりフランツの一撃の際の剣先が残ったものだと思います。

ただ、18話とは残った長さが違うので何かあったと考えますね。

以前からエドモンが巌窟王を道連れに滅ぶつもりだったのでは? と書いてきましたが。
しかしどうやっても道連れに出来る合理的な方法が浮かびませんでしたので、ここは少なくとも肉体を滅ぼし、巌窟王の存在がこの世界に影響を及ぼす形で存在し続けるのを防ぐ計画だった。

に、訂正したいと思います。

心臓に態々破片を残していたのは、巌窟王にとっては痛くも痒くもない為に巌窟王の意思を騙す形で。
エドモンが自分を取り戻し、その肉体を滅ぼす為のトラップとして意図的に残していたんじゃないかと。

復讐を終えた瞬間に本来は完全に巌窟王になってしまう筈だったのをその強い意思で……

長くなりますので、この辺りは今度の記事にでもしたいと思います。
こんなお返事でごめんなさい。
Posted by みやびあきら at 2005年03月27日 05:07
初めて書き込みをさせて頂きます。管理人様の「厳窟王」に対しての深い考察・感想を、毎回楽しみにしていました。
「厳窟王」が終わってしまい今更なのですが、二つ、どうしても気になる事があります。
一つは、「厳窟王」はどうなってしまったのか。
たぶんまた「友」を求めてこの世を彷徨っているのかな、と勝手に考えていますが、どうなのでしょうか?消滅したっていうのはちょっと嫌です。約千年もの間「友」を待ち続けていたのだから、いくらなんでもそれはちょっと・・・と思います。
もう一つは、何故アルベールはフェルナンにメルセデスは死んでいないと教えなかったのか。
フェルナンの事だから多分教えても自分で撃ってしまった上に真相を既に知っている妻と息子とはやり直しできないかもな、とか、最後のアルベールに対しての今までの貴方は何処へと聞きたいくらいの立派な姿は死ぬ覚悟を決めたからかな、とか、疑問だった事も今となって考えてみて自分なりの答えを出せましたが、これだけはどうしても出ません。アルベールの事だから絶対に言うと思うのですが・・・。
まさか時間の都合とかそれを聞いた後のフェルナンの反応を描くのが難しかったからか?と、スタッフの方々に対して失礼な事を考えてしまいます。

管理人様の23幕「エドモン・ダンテス」のエドモン・伯爵に対する考察・感想に、ここまで深く考える事が出来るのか、と、もの凄く驚きました。フランツの剣が残ったままだったのも、納得できました。それと、最終幕「渚にて」の感想の、フランツに対しての「名前も挙がらない、まさに名もなき英雄」という言葉に、もの凄く胸が熱くなって、涙が出ました。
長くなってすみません。これからも、管理人様の各アニメの考察・感想を楽しみにしています。
Posted by ゆらコイ at 2005年04月01日 14:57
>>ゆらコイさん。
コメントを頂き有難うございました。

>管理人様の「厳窟王」に対しての深い考察・感想を、毎回楽しみにしていました。
ありがとうございます。こんな書きなぐった記事に対しての暖かいお言葉に、ただただ感謝でございます。

>一つは、「厳窟王」はどうなってしまったのか。
こちらに関しましては、頭の中では纏めてございますので、近々記事にしたいと思っております。
一応確認為に放送分をいくつか見返してからになりますので、ちょっとお時間を頂くことになるかもしれません。
私も「巌窟王」は消滅していないと考えております。そしてその後に関しても個人的見解を述べさせて頂く事になりましょう。

>もう一つは、何故アルベールはフェルナンにメルセデスは死んでいないと教えなかったのか。
ああ、これに関しては全く考えておりませんでした。多分私がどうにもメルセデスの事が好きになれなかった所為でしょうね(^^;)
ぱっと考えて浮かんで来た事もいくつかありますが、折角なのでちゃんと考えて上記の記事と一緒にお答えしたいと思います。
すみません、先延ばしばかりで。

>「名前も挙がらない、まさに名もなき英雄」
実は個人的に本作品において最も印象に残ったのがフランツでした。伯爵を始めとする、錚々たる顔ぶれの登場人物の中でも、本当に忘れ難い存在となりました。
この辺りは「巌窟王」のその後と併せて書きたいですね。

それでは、今後とも宜しくお願いいたします。
Posted by みやびあきら at 2005年04月02日 20:59
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